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[09] バス停
目の前でバスが通り過ぎた。
「ちょっ……!! 待って、待ってってばっ!!」
全速力で追いかけながら叫ぶが、その声は虚しく霧散した。バスとの距離は徐々に開いていく。それでも粘って走ったが、足元が見えていなかった。
「乗せてくださ――っつ!!」
急に視界が反転し、直後に鈍い痛みがひざに響く。その間にもバスは走っていき、角を曲がっていった。
「痛い……ありえない。なんであんなとこにビニール袋があるのよ……」
バス停で一人、学生らしき少女がひざを抱えてうずくまっていた。彼女のひざには薄く血が浮かんでおり、先程の惨状を物語っている。ぶつぶつと何かを呟きながら、三十分後にやってくるはずのバスを待つ。
閑静な住宅街に一つだけあるバス停。時刻表には三十分に一つの時間しか書いていない。もし一本でも逃してしまったら確実に遅刻してしまう。そんなことから、バス通学の生徒からはいつしか“悪魔のバス停”と呼ばれるようになっていた。
少女はふと、バス停の時計を見る。まだ授業が始まるまでにはまだ時間があるが、遅刻は確定だろう。新学期早々遅刻するのもどうかと思うが。
先刻までの苛立ちはしばらくするとだんだん冷めてきた。変わりに寝坊特有の気だるい眠気が襲う。一つ、大きな欠伸をした。
次に来た思考は唯一つ。
「……暇、だ……」
やる事が全くと言って良い程ない。ここが優等生ならば文庫本の一冊でも持ってきているのだろうが、生憎そんな物は持ち合わせていない。
しかしここで眠ってしまえば、次のバスも乗り過ごす羽目になる。
それでも自然と睡魔は襲ってきて、まぶたを重くする。
桜の花弁が一つ、顔の傍を通り抜けた。
落ちかけていたまぶたが軽くなった。
花弁が流れていった方向を見やると、満開に咲き誇る桜の木がある。
「あー……そっか、あるんだ、桜」
今まで気にも留めない事だったが、“悪魔のバス停”の傍には大きな桜の木があった。柔らかい春の風が花弁をあちらこちらに運んでいる。
――暇つぶしが出来た。
「よし、一人で花見でもするかぁ」
バスを逃さなかったら気付かなかったなぁ、と呟きながら、彼女は特等席で桜を堪能した。
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入学式まで持って欲しかったなぁ、桜。
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[08] 夢物語
青々とした緑が公園を彩っていた。
ベンチに一人、青年が腰掛けている。彼は携帯電話をひたすら操作していた。何かを手短に打ち込み、顔を上げる。微かに振動が響き、再度携帯電話を覗き込む。先ほどからそんなことの繰り返しであった。
「……マジかよ」
彼の携帯電話には一通のメールが表示されていた。
『今日一日タカシを預かってくんない? いきなり用事がはいっちゃって(笑) 弟よ、頼んだ』
丸一日子供の面倒を見ろ。
そんな姉の声が頭に直接響いた気がする。毎度ながら、人使いというか、弟使いが荒い。
「わーったよ。見とけばいいんだろ見とけば……」
俺は小さく舌打ちをし、親指のみで素早く返信を打った。
「おじちゃん。今日は何をする?」
「俺はまだ19だ。お兄さんと呼べ」
苛立つ青年と無邪気な少年。一見兄弟とも見えない構図だが、叔父と甥という関係にある以上、“おじちゃん”と呼ばれることに問題はない。それでも青年の苛立ちは消えなかった。
甥は確か、まだ小学生であったか。ただでさえ苦手な子供の顔に更に苦手な姉の顔を連想させ、苛立ちは増す。
とりあえず公園の遊具に連れて行き、勝手に遊んでいるよう言いつけた。「一緒に遊ぼうよ」なんて言われた気がしたが、生憎子供と遊ぶなんて高等技術は持ち合わせていない。
俺は適当にベンチから眺めていた。
「ねぇおじちゃん」
「だから、お兄さんと呼べと何度言ったら」
「僕の夢を聞いてくれる?」
おじちゃんと呼ばれることに激しい反感を感じる。が、唐突に彼の口から出た言葉に眉をひそめる。何が楽しくてこんな子供の夢なんて聞かなくてはならないのだ。
だが、興味だけはあった。最近の子供なんてのは夢見がちだからな。
「えっとね、僕はね、――
「お疲れさん。助かったわ」
「……そりゃどうも」
夕暮れ時。空は赤色に染まり、カラスが飛んでゆく。
公園の道を一組の男女が歩いていた。女性の背中には押さない少年が眠っている。青年とはいえば先程から不機嫌そうに俯いている。
「で、なんでアンタはそんなに落ち込んでるわけ?」
「姉さんには関係ないだろ」
ぶつぶつと口の中で呟きながら青年は女性を睨む。どうやら兄弟らしい二人組は公園を出て、住宅街へ入っていった。
まさか、あのガキが俺と同じ夢だとはな。
『僕は将来ね、お医者さんになって皆を助けたいの!』
それは、もしかするとただの夢物語かもしれないぞ。
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散々悩んだ挙句。
うーむ…ビミョウな気がw
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[07] 散歩日和
沈黙に包まれた部屋の中、シャーペンが紙を引掻く音のみが響いている。円卓を囲んで少女が二人、ひたすらに何かを書き続けていた。
しばらくして、ショートカットの少女のほうが唐突に立ち上がった。
「よし、散歩に行こう!」
彼女の言葉だけが響き、また沈黙が落ちる。
相方の少女とはいえば、疑惑に満ちた目で見上げていた。
「ねぇ、ユキ。散歩がどうとか言う前に課題終わらせたら?」
ユキと呼ばれた少女は聞き流そうと耳を塞いだ。もう集中力が持たないのだ。自分は彼女と違ってそこまで頭が良いわけではない。そんな自分にとって長時間座り続けることは苦痛以外に何も感じられなかった。だから現実逃避ともとれる提案をしている。が、彼女に勝てるかどうかは正直、微妙だ。
「……だ、だって、……ずっと勉強してたら体にも悪いって。ほら、エコノミー症候群とか言うじゃん?」
「ここは飛行機じゃないよ。それにここまで溜めたのはユキでしょ?自業自得ー」
畜生。折角このあいだ雑誌で見かけた知識を披露してやったのに。しかも彼女の言うことは何の矛盾もない。次はどうしようか。
「だからってこんな環境は正直きっついだろ?。ほら、息抜きってもの重要なんだって。症候群は置いておいて」
うん。そうだ。息抜きは絶対に必要だ。さもないと本当に脳がショートしそうだった。漫画とかでよく頭から煙が出ているが、今なら妙に納得できる。
「……その息抜きが積み重なって、入試で小2の漢字を間違えたのはどこの誰だっけ?」
「それは……えっと、当日の緊張感?」
ユキはじりじりと追い詰められていた。出来る言い訳のストックがそんなにあるわけではない。ユキは半ばやけになって窓を指差した。
「……じゃあ、こんな散歩日和に外に出ないのはおかしい!こんなに晴れてるのに!!」
そう言うと彼女は口角を少し上げる。まるで勝利を確信したような笑顔に、ユキは生唾を飲み込む。
「そう。散歩日和ねぇ」
小馬鹿にしたような態度に疑問を感じ、実証してみせようとカーテンを捲ると、
「確かに散歩は出来ないことはないね。でもあんまりおススメしないかな」
外は土砂降りの雨であった。
「……ごめんなさい。負けました」
「誤るのは良いから、早くやらないと。留年が懸かってるんでしょー」
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入試の話=実話
汽車の汽、素でわかんなかった馬鹿ですw
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[06] ガラクタ
「ねぇお兄ちゃん。このガラクタ何?」
無邪気な弟の問いかけに僕は苦笑する。僕らはかなり歳の離れた兄弟だ。僕はもう大学生だが、弟はまだ10歳にも満たない。そんな弟からすればコレはガラクタ以外の何者でもないかもしれない。
「これはね……何て説明すればいいのかな。……そうだ。僕の宝物だよ」
「えー……こんなのが宝物なの?」
噛み砕いた言葉でも弟は理解できなかったようだ。まぁ、弟だけじゃなくて誰にも理解できないか。
目の前にあるのは、壊れた人型の機械だった。
時は数年前に遡る。まだ僕が今の弟並みに幼い頃の話だ。
僕は、『彼女』に出会った。
『彼女』は……なんというか、僕の友達だった。少し言葉がきごちなかったり、反応が遅いときがあったが、そんなことは気にならなかった。
『彼女』はどこかの大学が生み出した最新のロボット、だったらしい。しかし更に最新のものが出て『彼女』は用済みになった。そして僕の所まで回ってきたのだ。
一見すると人間と大差ない。少なくとも幼かった僕は人間だと信じて疑わなかった。
機械が心を持つ、なんておとぎ話のようなこともあり得るほどに『彼女』は人間らしかった。
しかし、機械は人間以上にすぐに壊れる。
『彼女』は、バグを起こして壊れてしまった。『彼女』のプログラムが全て損傷してしまったのだ。
もうその目が光ることも、声を聞くことも、笑顔を見ることも出来ないと知ったとき、僕は愕然とした。
本体の損傷ならパーツを取り替えれば済むかもしれない。しかし、中身のデータは復帰できなかった。確かに中に存在するのだが、それを使うことが出来ない。
もしかすると、壊れたデータを直すことが可能かもしれない。
それからというもの、僕は必死に勉強した。どうしても『彼女』に言いたいことがあったからだ。
あれからもう10年の月日が経つ。
あれから本体は劣化が進み、弟の言うとおり『ガラクタ』 に成り果てていた。本体をいくら綺麗にしても材質事態の劣化は防げない。
今の『彼女』に僕の声は聞こえるだろうか。とてもとても大切な宝物に、僕の声は届いているのだろうか。
僕はこの数年で膨れあがった思いを口にする。
「愛してる」
『彼女』の瞼が少し動いたような気がした。
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珍しく微SFに挑戦。
こんなものでいいのだろうかw
まぁ、練習ですし。
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[05] 花に嵐
轟々と外の風が窓ガラスを叩きつける。
今夜はどうも嵐らしい。私は布団から体を起こした。嵐のせいか、なかなか寝付くことが出来ない。寮に入っからずっとこんな日が続いている。これが俗に言うホームシックというやつか。
隣では相方が呑気に寝息を立てている。こいつはどんな状況でも寝れるみたいだ。
私はふと、寮長が育てている花の事を思い出した。普段は私たちに厳しいくせに、花や植物のことになると孫でも可愛がるかのように態度が変わる。しかし、この雨と風では無事というわけではないだろう。
時計が指している時間は午前二時。寮長も既に眠りに入っていると思われる。
(……植木鉢、中に入れてあげようかな)
こんな真夜中、特にやることもない。私はそのまま寝床から抜け出し、階段を下りていった。
受付まで辿り着く。非常口の案内板が廊下を緑に照らし出していた。
皆が寝静まった真夜中の寮というものは、独特の怖さを醸し出していた。例えるならそう、夜の病院のようなものだ。一人という状況も私の恐怖に一役買っているのかもしれない。
外に出てみると予想通り激しい嵐だった。私は手探りで植木鉢を探す。
そのとき、ぽん、と肩に手が乗せられた。
「~……ッ!!」
ひんやりとしたその手は大人のものより少し小さく、皺だらけだ。
まさか、出たのだろうか。
そんな考えが頭の片隅に過ぎる。その途端私の体は完全に硬直してしまった。背筋を嫌な汗が流れる。もしかして、金縛りだろうか。
そんなはずはない。そんなことがありえるはずがない。そもそも私は恨まれるようなことはしてないし呪いをかけられるとか襲われるとかそんなことあるはずがないのであってというか寮長の部屋に電気が……あれ?
刹那、雷鳴が鳴り響き、一瞬視界が明るくなった。
後ろを振り返ると、真っ青な顔をした老婆が――
「お前さん、こんな所で何やってんだい?」
喉まで出かけた悲鳴を聞きなれた声が遮る。
老婆は、毎朝顔を合わせる寮長であった。
「……ああ、植木鉢を中に入れようとしてくれたのかい。ありがとうねぇ」
いつもと違って優しそうな寮長の笑顔で、私はやっと安堵した。
「ほら、早くしないと花が全部散っちまう。手伝っておくれよ?」
「え?……あ、はい。わかりました」
嵐の中の花は、いつもより美しく見えた。きっと気のせいだろう。うん。