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(記憶屋―Pawnshop of memories― ヨリ)


「ご臨終です」
   医者が沈鬱な表情で傍にいる少女に告げた。少女は特にこれといった感情も浮かべずに、小さく頷く。
「君、このおじいさんの親戚か誰かかい? 家族の誰とも連絡が付かなくて我々も困っているんだ」
   真っ白で静かな病室には、医者と看護師と、その少女以外には誰もいない。
「いや、たまたま近所でよく会うだけのおじいさんだった。危篤と聞いて飛んできたが……私も予想外でね」
   少しばかり少女らしからぬ口調に医者は眉をひそめたが、特にその事に触れることはなかった。
   ひとまず死亡届のこともあるので、と医師達はそれだけ言い残して、病室を立ち去っていった。少女は一人、安らかに眠る老人を見る。
「あまりにも、寂しい臨終だな。私が看取ってやれてよかった」
   もうその耳は機能していないだろうけど、老人に届けるように彼女は呟いた。そしておもむろに左手を老人の額に翳す。意識を一点に集中させると、額から赤い光が滲み出してくる。
「――あれ、シュレッダーじゃないですか」
   が、割り込んできた声によって光は一気に霧散してしまった。少女が窓に顔を向けると、淡い長髪に囲まれた嫌味な笑顔が顔を出していた。
「探したんですよ。もう、貴女っていつどこにいるかさっぱりなんですよね。で、こんな病院で何やってるんですか?」
「……見て分からないのか。仕事中だ」
「これは失敬。あ、もしかして結晶化に失敗しちゃった感じです?」
   全く悪びれた様子を見せない彼に、少女――シュレッダーはこめかみを押さえられずにはいられなかった。

   再度、精神統一をしているシュレッダーを記憶屋はぼんやりと眺める。
   彼女の左手によって、先程心肺停止した老人の記憶が搾り出されていく。
   蓄積された経験、楽しかった思い出、学生時代に覚えた英単語。老人の人生のすべてと言っていいだけのものが、その赤い光の中に凝縮されていった。
   シュレッダーの本業である、記憶の回収である。老人の脳が死を迎える前に、すべての記憶を回収し、処理をして純粋なエネルギー体にするのが目的だ。
   これ、私だったら青色なんですけどね。
   そう呟こうとしたが、シュレッダーの集中をまた壊してしまうので大人しく観察する。
   数秒もしないうちに赤い結晶となった記憶が、きらきらと彼女の手のひらの上で踊っていた。
「終わりました?」
「ああ」
「記憶、確認しなくてもいいんですか?」
   シュレッダーはどこか苦虫を噛み潰したような顔をした。預かった、もしくは回収した記憶を確認する、つまり見ることはこの業界の中で暗黙の了解として言われている。
「苦手、なんだよ。覗き見してるみたいで」
   そうか、彼女はまだこの仕事に就いて日が浅かったな。自然と、記憶屋の口から笑みが零れた。
「ぷ、くくっ、ふ」
「気持ち悪い笑い方するな! ああもう言わなかったらよかった」
   以前の悲恋女のときのような大暴発にまでは至らなかったが、シュレッダーはどうも気を悪くしたらしい。拗ねたような横顔を見せながら手のひらの上にある結晶を凝視している。
   やがて意を決したようにこちらに視線を投げかけた。
「……見るさ。見ればいいんだろう……お願いだから、大人しくしてろよ」
「はいはい、わかりました。わかりましたからそんなに睨まないでくださいって」
 
----------------
本筋に入れようとして没になった部分。
特にオチはないです。

三話頑張って書いてます!オオオ早く更新したい。

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